「榎原さん。」
「はい。」
ふいに呼ばれてびっくりした。

「もう帰るん?」
「うん。」
「調子悪いん?大丈夫?」
「大丈夫やで。」

私はげた箱からくたびれたローファーを取り出した。
浅浦くんは購買で買った昼ごはんを持っている。

「榎原さんて、電車通学?」
「そうやけど。」
「じゃあ、これあげるわ。」

なんだろうと彼の差し出したものを見ると
それはチョコレートの箱だった。

「電車の中て暇やろ?それ食べ。」
「はは。ありがとう。」

私は笑顔を作ってみせた。

「チョコやったら大丈夫やろ。」
「うん。大丈夫と思う。」
「じゃあ、また明日。」
「ありがとう。ばいばい。」

浅浦くんは大きく手を振った。
私は恥ずかしくて小さくとしか手を振れなかった。

チョコレートは甘くて、口の中で溶けて
跡形も無く消えていく。
あたしもそうなったらいいのに。
この暑さに溶けて
消えてなくなってしまえたらどんなに楽なんだろうか。
チョコレートのパッケージに書いてあるキャラクターの笑顔が妙に憎らしかった。
チョコレートなんて食べれない。

夏の暑さが
浅浦くんの笑顔も溶かしていく。
あぁ、いやだな。
忘れたくないよ。彼の笑顔。
いつまでもなくならなければいいのに。
このくすぐったい感じが。

暑い夏の日。
なにもかも溶けていくのに
彼のチョコレート
それだけは甘かった。

甘い、甘い。チョコレート。