幼稚園のお迎えの時間だろうか。
子供たちがきゃっきゃと公園で遊んでいる。
あたしは邪魔しちゃいけないと思い、ブランコから隣のベンチに移った。
ちょうどよかった。灰皿があった。
園児には悪いな、と思いつつも煙草に火をつけた。
眺める風景は至って平凡な日常生活。
渦中の人は何も感じないかもしれないけど
傍から見たらみんなすごく幸せそうだ。
そんな中に煙草をふかしている女ひとり。
「よいしょ。」
そんな時、ベンチに誰か腰掛けた。
ちらっと見たら男子高校生だった。
あたしは見て見ぬふりをした。
挨拶するのも面倒だし、別に話してもメリットないだろうし。
その高校生は煙草を取り出して火をつけた。
更に面倒くさい。
真昼間の公園で堂々と煙草を吸うなんて
いかにも「注意してください」って言ってるようなもんだ。
でもあたしは見て見ぬふり。
いいんだ、それで。
みんなそうやって切り抜けてきたんだから。
「お姉さん。」
「…は?」
やっかいなことに話し掛けてきた。
出来るだけ目を合わさないようにした。
「お姉さん。未成年?」
「23。」
「そう。」
未成年に見えたか。
それはそれで嬉しいような気もするけど。
「お兄さん。未成年?」
「うん。」
案の定。どう見ても未成年。
もうここまで話してしまったんだから仕方が無い。
「学校は?」
「ちょっと早めに終わった。」
「本当は?」
「ちょっとだけサボった。」
煙草の煙を空に向かって噴き出している。
まるで雲みたい。
「お姉さん、仕事しなくていいの?」
「お姉さんは仕事の合間にここにきてるんですー。」
あんたとは違うのよ。
サボって公園で煙草吸ってるんじゃないんだから。
「ジャージで出勤出来る仕事ってなに?」
そう言われて自分の姿を思い出した。
確かにジャージだった。
「あぁ…。在宅ワークだから。」
答えるのは面倒だ。
「アフィリエイトとか?」
「そんなんやってない。他のもん。」
気のせいか高校生もどうでもよさ気に答えている。
「漫画家とか。」
「惜しい。」
「え?」
彼はこっちを向いた。
初めて目を合わせた。
急にどうしたんだ。
「漫画家?」
「じゃない。」
「小説家?」
「うん。」
「へぇー。」
彼はどうでもよさそうに煙を吐いた。
なんなんだ。
食いついたと思ったら、そうじゃない素振りして。
本当に面倒だ。
「なに書いてるの?」
「たぶん知らないと思う。」
「俺もそう思う。」
失礼な。
一応プロなのに。
「ヒトリシズカってやつ。」
「ひとりで静かに想っていれば、あの人はきっと振り向いてくれるだろう。」
「え?」
あたしの書いた文章の冒頭だ。
「知ってる。」
彼は笑顔を浮かべながら答えた。
「なんで知ってるの?」
「なんか読んだことあるから。」
「そう。」
顔はポーカーフェイスを装っていたが、本当はうれしい。
大体作品の名前とか言っても、困った顔をされるのがオチだから。
まさか本のタイトルを言ったら冒頭部分を答えられるなんて思ってもみなかった。
「ねえ、聞いていい?」
「どうぞ。」
「…どうだった?」
読者からの直の感想なんて聞いたこと無いから、聞いてみたかったのだ。
「正直に言っていいの?」
「どうぞ。」
情けないかな、少し怖くなった。
「ハッピーエンドなんだけど、どこか悲しいよね。結局相手の言いなりみたいなさ。」
「あぁ…。」
ストレートな意見は胸にぐっと刺さった。
「この作者はあんまり恋愛してないんだなって思った。」
すっと目を合わされて、あたしはついつい反らしてしまった。
「すごいね。」
「なにが?」
「いや、そこまで読み取ったのか。」
「解るよ。ひたすら思い続けてたら相手から告白してきて、これから相手の為に頑張る、とか少女漫画じゃんか。」
「恋のバイブルが少女漫画なんだよ。」
「それじゃしょうがないね。」
安っぽい恋愛感しか語れない。
だから売れないのだ。
「ま、それはそれでいいと思うけど。」
「そう?」
「うん。恋愛なんか十人十色じゃんか。お姉さんの恋愛遍歴はどうでもいいし。」
「あっそ。」
煙草の火を地面に押し付けて
ゴミ箱の中に放った。
「あたし、行かなきゃ。」
「ちゃんと仕事するんだ。」
「あなたとは違うからね。」
「ふーん。」
高校生も煙草を放った。
「お姉さん。」
「なに?」
「自分の書く文章の中でくらい幸せになったらいいのに。」
「え?」
「どうせ現実世界の話じゃないんだから。せめて夢物語でも幸せになればいいのに。」
「そんなもんなんだよ。」
「そうなの。」
「うまくいくとつまんないんだよ。今だって未来だって。夢の中だって。」
「俺はうまくいってほしいけど。」
「もうちょっと大人になったらわかるよ。」
「そう。」
高校生はベンチから立ち上がった。
「じゃあうまくいってないのに、なんでつまんなそうなのかわかんない。」
大きな伸びをして一言
「俺は子供だからわからんけどね。」
そう言うと乱暴にかばんを持って公園から出て行った。
あたしは煙草をもう一本吸おうと思ったけど止めた。
公園で遊ぶ子供たちを見る。
楽しいも楽しくないも
傍から見たらわかるもんなんだよな。
つまらないよ、うまくいってないから。
矛盾してるのは
自分が一番よくわかってる。
だけど、主人公を幸せにすることは
物語をつまらなくするのと同じ。
「あぁ、そうか。」
いろいろとわかった。
ちょっと頭がごにゃごにゃしたけど。
別に今わかったことは物語にはしない。
だって人になんか教えたくないからさ。
何もかも、空に消えていく。
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